高校卒業後50周年記念「同窓会」
2018年05月01日
4月28日(土曜)は、高校卒業後、50周年を記念し、3名の有志が「世話役」となって開催された。場所は、「北九州市・小倉ステーション・ホテル」 17時からだった。
家を出る時、勉強会に出席し、その後電車に乗って行けば時間に間に合うはずであったが、電車の待ち時間を間違えてしまい、勉強会の方は、すっぽかすような欠席となってしまった。仕方が無いので、途中下車した駅の「ショッピング・モール」で時間を潰すことにしたが、考え直し、海峡を越え、北九州・小倉駅まで出ることにした。しかし開催時間まで、調整しなければならない。
都合とは、なかなか良いもので、構内で、イヴェントが行われており、これを冷やかすことにした。「ザ・スクワレン」などを商っているコナーがあり、早速「ザ・スクワレンでは、『救われん人』みたいで、語呂が良くない。もっと別のネーミングを考えた方が良い。」日本人は、「語呂合わせ大好き人間」が多いから、これは、大いに良いことだと思う。しかし、この程度では、時間を潰せないので、駅前の「人工地盤」の一角で、ボランティア活動か、「捨て犬、捨て猫」の里親募集中なる物を遣っており、「これ幸い」とばかりに、冷やかしに赴いた。しかし、「おばちゃん」達の怖い顔に、「ニャンコ」をおちょくることが出来なかった。私の「猫語」は結構いける物で、スーパーマーケットの脇で、「餌」をねだる猫ども相手に、よく楽しんだものだ。猫はいなくとも、私が「猫語」を発すると、周辺の買い物客は「あら、猫がいるわよ」などと、間違えるほどなのだ。この様な「猫語」をお披露目できず、「犬、猫」の顔ばかりを見ての時間つぶしとなってしまった。 私も、「犬、猫」を飼ったことがあり、「犬」などは、朝昼晩と都合3時間も散歩したものであったが、最早単身であり、こちらが「捨て犬、捨て猫」同様な「気ままな生活」を送っており、最早「ワン、ニャン」との生活は、どだい無理な事情なのである。
この様な心境の中、時間も迫り、飲み会に備え、「ウコン・カプセル」を飲み、準備をと、「ステーション・ホテル」前に置かれている、椅子に腰を下ろした。ところが「ムツゴロウ先生:畑 正憲」氏に極似の男が、テーブルを挟んで、前に座っており、思わずしげしげと見つめることとなった。向こうも気になったのか、こちらを同じように見つめている。声を掛けるには、もう会場へ向かう時間だ。向こうも、席を立ち、ステーション・ホテルの方へ歩き出す。遅れてこちらも席を立ち、会場に入ると、「彼」がいるではないか、向こうも驚いたのであろう。思わず双方で、歩み寄った。高校どころか、「小学校時代」からの同級生で、「クラスメイト」でもあった男である。でも全く面影がなく、気づくことが出来なかった次第だ。
やがて、幹事等からの挨拶が始まり、「乾杯」を済ませ、「料理と酒」をそこそこ平らげると、自由席のテーブルは思い思いの面々で入り乱れ、果ては立ち話に発展した。小生は、「犬、猫」を相手にするようには、なかなか溶け込めず、ひたすら「飲む、食う」であった。
宴会もたけなわ、カラオケ・タイムが始まり、「歌自慢」が歌い始める。数曲が歌い終わったところで、小生も、「恥をかくか」と、竹内まりや「人生の扉」を下手は下手なりに、替え歌もしながらどうにか歌い終わった。 これが、「最後の同窓会になるかも」と言う予感に襲われながらの歌であった。
本会、二次会を楽しく終え、「元気で、また逢おう、また逢いましょう」の声をお互い掛け合いそれぞれ会場を後にした。 小生は、幹事・世話役の引率で、「三次会」に参加、此処では、世間話に終始したが、大方は、日常の顔に戻っての会話だ。地区に住む面々は、我等が、「20回生」という事もあり、毎月、日は異なるが、「20日前後」で「ミニ同窓会」を開催しており、同じ顔ぶれだ。 そういえば、少し遠方だが、私が参加していることを、「開催の挨拶」の中で、幹事の一人が「私の名前」をあげて、この「ミニ同窓会」への参集も呼びかけたのであった。もうこの「ミニ同窓会」は、発足後30数年になり、地区の店も「認めている」との話も聞く。彼らの努力の賜であろう。
だが、三次会まで付き合うとさすがに疲れた。しかし、最後は、間違わずに電車に乗り、降りるべき駅で降り、30分の道程を歩き、24時を回らぬうちに無事帰宅できた(笑い)。
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