太古の太洋よ!
太古の太洋よ!
おまえは すでに
鯨を人間に与えた!
おまえに敬礼する
太古の太洋よ!
年老いた海原よ、おまえが自分の胎内に人間にとっての未来の富を隠そうと思えば、出来ない事は何もないだろう。おまえはすでに鯨を人間に与えた。おまえは自然科学の貪欲な目に、自分の内部構造の幾千の秘密をたやすく見抜かせはしない。おまえは慎み深い。だが人間はいつも鼻にかける、取るに足りないことまで鼻にかける。おれはおまえに敬礼する、年老いた海原よ!
老いたるわだつみよ、あなたが人間にとっての未来の富を、胸にかくそうとおもえば、そうするのになんのぞうさもなかったのに。それでもあなたはすでに鯨をあたえた。しかしあなたは、自然科学の飢えたる眼が、おのれの内部構造の幾千の秘密を覗きみるのにまかせはしない、あなたは慎みぶかいのだ。人間はたえず、しかもつまらぬことでもみせびらかす。ぼくはあなたをたたえよう、老いたるわだつみ!
古き大洋よ、おまえの胸に人間の未来に役立つものをかくしておくことに、不可能なことなどこれっぽっちもない。それなのにおまえはもう、人間にクジラを与えてしまった。だが自然科学の貪欲な眼が、おまえの秘密のシステムにひそむ数千の謎を見破ろうとしても、おまえはかんたんには許さない。おまえはじつにおくゆかしい。人間は、つまらないことでもたえず自慢するというのに。ぼくはおまえに頭がさがる、古き大洋よ!
年ふる大洋よ、おまえが人間に未来に役立つものをふところに隠しているというのは、けっしてありえないことではあるまい。おまえはすでに、人間に鯨を与えた。自然科学の貪欲な眼にも、おまえは自分の内密な組織の数知れぬ秘密をたやすく見抜かせたりはしない。控え目なのだ。人間は絶えず自慢している、それも取るに足りないことばかりを。おまえに敬礼を、年ふる大洋よ!
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鯨については、フランスの歴史家ミシュレ(1798-1874)の「海」が参照された可能性が高い。「われわれは大いに鯨のおかげをこうむっている。鯨がいなければ、漁師たちは海岸にとどまっていたことだろう。なぜなら、ほとんどの魚は沿岸にいるからだ。漁師たちを解放し、あらゆる場所に導いたのは鯨である。」
また、詩人・ボードレール「人間と海」の次の四行に、極めて類似したイメージが見られる。
きみも海もともどもに、陰険で口が固い。
人間よ、きみの深淵の底を測った者は誰もいない。
おお海よ、何人もきみの心の奥の富を知らぬ、
さほどにきみらは、秘密を守るに汲々としている!
ロートレアモン(イジドール・デュカス)伯爵「マルドロールの歌」をめぐって
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