70の手習い
「60の手習いだ」もう何をやってもだめだ。などという言いもありますが、同じ言葉を使って、「60の手習い大いによろしい」とも言われます。
この私は70の手習いです。
E・メールと掛けてなんと解く。 モーゼ(モーセとも)が神と会った場所と解く。
そのこころは。 シナイ山(しないざん)す。
などと言っていたのですが、始めることになりました。しかしなんとも大変な世界です。あちこちをいじくりすぎたのか、「f」と言う文字のところをクリックし、ログインをしたのですが、ウロチョロする私を、不審者と間違えたのか、強制的にログアウトされてしまいました。記入しなければならない項目があり、記入したのですが、誤記があり、訂正するにはどうすれば良いのだろうと、あちこち探し回ったのですが、それすらもビギナーには恐ろしいことです。EDION・NETの皆さんにお尋ねいたしますが、メールが届かなくなりましたが、これもこうした私の所業が、災いするのでしょうか。
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などからお叱りがありました。
近くに大学があり、公開講座なども開かれ、また20歳前後の学生さんに混じって秋期講座にも参加しています。頭の錆取り、さび落としです。心理学、哲学、経済学、憲法学、歴史学などなど。
昨日もそうですが、基本2本足の私は、歩き、バスに乗り、汽車に乗り、また歩きで、片道2時間弱の時間を掛けて一時間半の講義を聴きに行くのです。当然帰りは、この逆になります。一月半ばまでこの生活が続くのですが、雨雪の多いときには、バス、汽車とも送れ、時間に間に合わぬこともあるので、さらに早めに家を出ねばなりません。それでも、頭の錆取りに余念がありません。
「チュヌの便り」でしたか、あの方のブログは大変興味をそそられました。大いに読ませていただこうと思います。
昨日は、「歴史に見る通貨の多様性」という講義でした。
私は船員として、あちらこちらを見る機会を得、外国の貨幣もいくらか残っているので、取り出して手にしながらその昔を思い出しました。
かつて世界に轟いたワレサ議長「連帯」などで知られる「ポーランド」にも行き、そこで出会った紙幣には、小中学校の音楽の時間に見たことのあるショパンの姿があり、横には楽譜(スコア)の一部が描かれていました。どの曲の一部なのでしょう。かの有名な「ピアノ・ソナタ」なのでしょうか。私には、その調べさえ想像できません。多くの楽人が、世界に雄飛し、そのことをニュースにしますが、そのような話はニュースや楽人のエッセイの中で語られているのでしょうか。教えてくださると助かります。
カラフルに、あちらこちらの観光三昧よろしきの話よりも、「チュヌ」さんの話の方が、「憲法から見る多様性」などの話同様、とても面白い。「チュヌ」さん、長生きしてください。杖などついておられましたが・・・。
日本の紙幣にも「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」などの言葉を添えてあればもっと親しみが沸くのではないでしょうか。
バブルよ再び!! 懐に金を、私腹を肥やすことに汲汲とした人たちにはこのような親しみは沸くまい。 このような人たちには、多くの話は、「ツーカー」とは耳に入らないでしょう。
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